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オムニバス・レコード

不特定多数の執筆者による、無記名ディスクレビューブログです。執筆者の数はネズミ算式に増えていくため、ブログ開設者も執筆者の全容を把握していません。

strange fruits / CHARA

 

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1999年に発売された、CHARAの6thアルバム。「やさしい気持ち」「タイムマシーン」といった、ヘビーリスナー以外にも聞き覚えのあるだろう楽曲を収録し、ミリオンセラーを記録した5th『junior sweet』の次作にあたる。

94年に発売された4th『Happy Toy』と、97年発売の『junior sweet』の間には、大きな飛躍がある。『Happy Toy』を悪く言うつもりはないが、『junior sweet』の方が明らかに、何と言うか魔力が強い。「あたしなんで抱きしめたいんだろう?」と「やさしい気持ち」のセールスの差、ひいてはどちらをより数多くより沢山のシチュエーションで耳にしてきたかの差、を感じているだけなのかもしれないが。

CHARAの活動年表を記す時、『Happy Toy』と『junior sweet』の間には、映画『PiCNiC』と『スワロウテイル』が挿まれる。2015年に再々活動でファンを驚かせた『スワロウテイル』の劇中バンド・YEN TOWN BANDとしての活動。そして浅野忠信との出会いが、刺激や糧になったのだろうか。毛布のようにも刃物のようにも愛を綴るシンガーだから、夫となる男性との出会いに、大きなものを感じないはずはないと思うけれど。

本作の3曲目『あの家に帰ろう』の詞は、CHARA浅野忠信の共作となっている。「ここを浅野が書いたのでは」という見当は正直つけられない。ただ、歌詞や絵が手書きされた歌詞カードと、最後の「あの家へ あの家に帰ろう」のリピートは胸を打つ。(多重録音ではあるにせよ)CHARAと名越由貴夫しか演奏に参加していないという作り方にも、不安と夢想がせめぎ合ういかにもCHARAらしい歌を、なるべく飾らずに立たせようという意図を感じる。

CHARAの詞の中で、愛が手放しに信じられることはない。『junior sweet』がヒットしたのは、目に見えやすいところに、愛を信じている部分が多いからではないだろうか? 『strange fruits』は『junior sweet』に負けず劣らず良質な楽曲を揃えながら、『junior sweet』より少し哀しくて寂しい。「あいしていると誠実に目に語れ」のような曲で、上昇する感じで終わらせることもできそうなのに、終始のたうち回るような歌詞の「なんでそんなことをさせるの?僕に」で、ダウナーに閉じられている。イントロもトリップホップ丸出しで、暗くて良い。

打ち込みの曲と、ASA-CHANGをはじめとしたドラマーの仕事が光る曲とのバランスが良く、絶妙なコントラストを成している。渡辺善太郎がプログラミングを担当したヒップホップ調かつオフビートな「70%-夕暮れのうた」から、名越と吉村秀樹ツインギターが徐々にテンションを増していき、中間部ではCHARAが絞り上げるようなファルセットで歌い上げてみせる「オブラート」に繋がるのも面白い。明るくさせきらないことによる微妙な光の濃淡がこのアルバムにはあって、いつまでも飽きが来ない。

 

1曲目『あたしはここよ』は、本当に素晴らしい。プロデュースにテイ・トウワ、客演にバッファロー・ドーターの大野裕美子とシュガー吉永を迎えたナンバーで、CHARAの歌のエモーションを押し上げながら、ギターロックの気持ちよさを最後まで味わわせてくれる。これをシングルにどうしてしなかったんだろう。強調的なドラムと、CHARA自ら弾いているサビのメロディを紡ぐトイピアノによるイントロ。視界が白むようなギターソロ。いつも聴いていて、始発の時間帯の風景を何となく思い描きます。